今日はミカン採りシーズン真っただ中の貴重な休日。とはいえ、朝一番は先日出せなかった格外と加工のミカンの出荷作業だ。9時ごろ出し終えたあとは、リフォームで不要になった食卓など台所関係の不要になったものをトラックに積んで宇和島市の環境センターに奥方と行った。ついでに宇和島市からの新型コロナの応援給付金の申請書類を持って市役所へ。無事書類は受け取ってもらった。うれしい。新型コロナは東京をはじめ感染者がうなぎ上りで増えている。愛媛でもしばらく感染者がなかったのが今日は4人発生。寒さとともに感染爆発しそうだ。国として緊急事態宣言をだすべき状況だと思う。
今日の一枚は糸瓜(へちま)。娘がヒョウタンカボチャとともに種をあちこちに撒いている。写真は国道沿いの新田地区の園地で撮ったもの。交通の往来が多く目立つようで、枯れた実を分けてくれという依頼もある。先日、通りかかった年配の女性が昔へちま水を化粧品として使っていたとか。なつかしそうに話しかけられた。

糸瓜といえば正岡子規の辞世の句が有名だ。昔、東京の根岸にある子規庵に行ったことがある。子規はここで最後を迎えて、辞世の句の3句がいずれも糸瓜がらみだ。亡くなったのは1902年9月19日。以下の句は亡くなる前日に詠んだもの。痰がつまっていた子規はへちま水を愛用していたらしい。
糸瓜咲て痰のつまりし仏かな
痰一斗糸瓜の水も間に合わず
をとヽひのへちまの水も取らざりき